雛人形

2022/03/03
小学校1年生の3月3日の少し前、いつものように祖母と母と7段の雛人形を床の間に飾った。
色白で冷たい感じのするこの人形たちは怖くてあまり好きではなかったが、牛車や雪洞、笛や楽器の小道具はおとぎの世界の物のようで興味しんしんだった。

雛祭りの夜、昼間から咳込んで体調がすぐれなかった祖父が、止めるのも聞かず風呂に入った。
なお咳がひどくなったようで、弟と8時ぐらいに就寝したが、いつまでもごんごんごんごんと聞こえていた。
夜中、大人たちがばたばたしだして、よその人が家に入る気配がした。

朝起きると、いつもと様子が違う。
祖父が亡くなっていた。
今のように救急車がきて人工呼吸器とかの手当ができた時代ではないので、近所のかかりつけ医が手当てしたが助からず、結構苦しんで亡くなったと後で聞いた。

そのころは自宅葬儀が当たり前。
座敷に葬祭をしつらえなくてはいけないので、まずは大慌てで、雛人形を仕舞った。
それ以降日の目を見ることはなかった。

母は私が結婚する時も持たせることはせず、代わりに岩井氏が描いた掛け軸をくれた。

姑は木目込み人形作りが趣味で、私が雛人形を持っていないことを知ると、古織布を使った愛らしいのをプレゼントしてくれた。

毎年3月3日は、両母の思いがこもった我が家の床の間となる。

そして明日は祖父の命日、もう60年以上の歳月が流れた。

一昨年母が亡くなり、弟に遺品整理を頼んだなかに、私の雛人形もある。