月夜の猫

2007/09/12
肉球 まだピアノ講師をやっていたころ、ゲットした理由は定かではないが、臨時収入が8万円ほどあり、毎日何に使おうかなと、にまにましながら考えていた。
ある夜、仕事が終わり、いつものように、伊勢原駅で電車をおり、愛用の自転車に乗り換えた。
帰り道の左右はどこまでも広がる田んぼ。稲刈りを終えた香ばしい中を、めいっぱいペダルを踏み、満月を仰ぎながら、25分のサイクリングは、けっこう楽しい。
ふと左前方に目をやると、土の見えた田んぼから動くものがある。
猫だ。弾むように、道にむかって走ってきている。しなやかでリズミカルな動きがなんともいえず小気味いい。
私のはるか前を猫が横切ろうとした瞬間、自転車を追い越していった車が撥ねた!猫は、まりのようにぽーんと飛んで、道の反対側に落ちた。月はそのすべてを明るく照らしていた。
車は何事もなかったように、スピードも落さず走っていった。
身体が凍った。どうしよう・・・助けようか・・・死んでいたらどうしよう・・・
・・・私は自転車を止めることができなかった。振り返ることもできず、夢中で自転車をこぎ家に帰ったが、意識はあの時で止まってしまった・・・。
翌日、たまたま仕事が休みだった夫が、車で私を伊勢原駅まで送っていってくれた。
死んだ猫の脇を通るのか・・・気が重かった。
「このへんなの」と言ったあたりに、小学生が何人か集まって地面を見ていた。
夫が車を止め、降りていくと、道端で猫が横になったまま、首を持ち上げ、きょろきょろしている。
生きていたんだ!
「お願い、この子、病院に連れて行ってよ」
1週間後、退院してきた猫は、幸いにも骨折もなく、打撲のみ。撥ねられたあたりに置いてくるわけにもいかず、連れた帰った。
うちの大勢の猫にも動じず、敷いてやったクッションに、当たり前のようにゆったり身を横たえた。その様、アラビアの王様サルタン。つけた名前が”サルタンとら坊”
それから2ヶ月ほど我が家で養生し、彼は出て行った。
臨時収入の8万円、サルタンとら坊に全部使い果たした・・・。