三度目の奇跡を

2011/03/31

昭和20年9月、祖父母は、疎開先の埼玉県から、自宅の東京都文京区に帰ってきた。
長男は南方で戦死。二男は兵隊に取られ、生きているも死んでいるもわからず。
自宅も工場も焼け出され、あたり一面がれきの、我が家であろうところに茫然と立ちつくし、これからどうやって生きて行けばいいのだ、と涙も出なかった。
そう、祖母は幼い私に話してきかせてくれた。
私が生まれ育った昭和30年代、東京山の手では、落ち着いた暮らしをしていた。
焦土と化した東京をわずか10年で、どうやって復活させてきたのか、祖父母や父母は多くを語らなかった。
しかし、東京オリンピック日本選手団の入場を、万感の思いで見入っている彼らを、私は忘れられない。
よくぞ、ここまで・・・
復活をやり遂げる底力は、日本人なら備わっているはず。
なぜなら、明治維新、戦後復興を乗り越えてきた”血”が、流れているから。
私は3度目の奇跡が起こることを、信じている。
負けるものか。