ズーカーマンの夕べ~宮崎国際音楽祭

2011/05/16
第16回宮崎国際音楽祭.jpg「音楽祭に来られないと、連絡が次々入っていまして・・・」
河野宮崎県知事が、ほんとうに困ったお顔で話された。
4月半ばのことだ。
来られないのは、観客ではなく、海外からおみえになる予定の演奏家の方々。
「宮城と宮崎と間違えていらっしゃるんじゃないですか?」とお聞きすると
「宮城も宮崎も一緒。日本自体が(放射能で)危ないと思っているらしいです」
そのとき初めて、海外から日本が、どう思われているかがわかって、愕然とした。
毎年大型連休に入るまえから、5月半ばまで、宮崎では、国際音楽祭が、にぎにぎしく開かれる。
今年は16回目。
初期のころ、この企画を、支えてくださっていたのが、バイオリニストのアイザック・スターンさん。
聞きにいこういこうと思っていて、なんとなく後回しにしていたら、なんと!逝去されてしまった!
だから思った。
著名な音楽家のみなさんが、宮崎に足を運んでくださるなんて、ありがたいことだ。
聞けるうちが、花。
なにがなんでも、いかにゃあ。
でも、今年は、音楽家も曲目も流動的なので、聞きに行く日を決められないでいた。
当初の予定にはなかった、ピンカス・ズーカーマンさんは、急遽来てくださることになった。
有名な音楽家は、何年も先のスケジュールが入っていて、多忙なのに。
師匠のアイザック・スターンさんが育てた音楽祭だということで、快諾されたのだろうか。
15日4時から始まった「ズーカーマンの夕べ」は、
哀悼の意を表してか、ヒンデミットの「ヴィオラと弦楽のための葬送音楽」、
続いてブルッフの「コル・ニドライ(神の日)」
モーツアルトは三曲。
指揮、バイオリン、ヴィオラとこなすズーカーマンさん。
一緒に来日された、プラチナブロンドの美しいチェリストのアマンダ・フォーサイスさん。
常連の徳永二男さんや漆原啓子さんら室内管弦楽団のみなさん。
こんな濃厚な調べの中に身をおけて、なんて私は幸せなんだろう。
もろもろの不安が、ふっと消えた時間でした・・・