小学校の帰り道

2007/03/28
小学校へは山手線大塚駅で降り、当時東京を縦横無尽に走っていた都電に乗り換えて通っていた。都電沿線には幼稚園から大学までたくさんの学校が並んでいたので、電車の中は、様々な制服を着た子供が朝も夕方もぎゅーぎゅー詰めだった。
小学校3年生ぐらいになると、帰り道、都電を大塚駅で降りると、友達と連なってそのまま駅前商店街に入っていく。道順はいつも同じ。甘くおいしそうなにおいを放っているドラ焼きやさんの実演を一通りながめ、パッチン止めの売っている雑貨屋さんの前を通り、ひょうたんもなかやおせんべいの入っているガラスのビンをさわり、小さな映画館が何をやっているかチェックし、やおやさん、さかなやさん、にくやさん、かんぶつやさん、くだものやさん、さかやさん・・・そして、今でもある都電荒川線の線路に出る。
線路の下は大小さまざまな石が敷かれていて、私たちにとっては宝石の山だった。きれいな石をその中から見つけ出す。毎日やっているのに、”宝石”は減らなかった。「危ないからやめなさい」と言われたこともなかった。
制服のポケットを石で膨らませたら、山手線大塚駅の改札に向かう。改札には駅員さんが切符切のはさみをもって構えていて、楕円の改札の台には”きりかす”がたくさん落ちている。駅員さんの「おかえり」に、にこっと笑いながらランドセルからぶら下がっている定期券を見せ、切符のきりかすを”頂戴”し、小銭入れに入れる。次の日には母に石もきりかすも全部捨てられているのに・・・。
山手線で一駅。降りたら友達と三々五々分かれていって、ようやく家にたどりつく。
「ただいまあ」「おかえり。手を洗っておやつたべなさ~い」「は~い」・・・40年も昔のことになってしまった・・・